第2回 「キリンと音楽の話をしよう」
この企画は、友人とカフェで、のんびりしながら音楽の話をするという、ゆる~い企画です。
今回のゲスト
今回のゲストは居林 祐一郎さんです。出会いは大学の入学式で隣に座っていたといったとこでしょうか。大学に入ってから色んな音楽を教えてくれた彼を是非、雑談企画に呼びたいという思いから実現しました。
彼は音楽に対する視点がとても面白く、いつも刺激を貰っています。今度はBeatlesについて夜通し語ってもらう予定です。その時はまた記事にしますのでお楽しみに。
音楽の原点に回帰する
キ 実際に音楽はいつから聴き始めた?
居 僕はですね~音楽との出会い
キ 親の影響?
居 母親がBeatles好きでよく聴いてました。幼稚園とか。旅行行くときとかにBeatlesのアルバムとか、かけててん。ほんでね、なんか〈I am Sam〉っていう映画があって。そのサントラが全部Beatlesなんよね
キ へ~!
居 それのアルバムが特に好きで。そんなかの「Mother Nature’s Son」みたいな、そんなんあんねん、その曲がうちの母親が一番好きやってん
キ へ~!
居 うちの親は「We Can Work It Out」が一番好き、らしいが僕はそうでもないんだよね
キ 親と対立するもんな(笑)
居 「We Can Work It Out」は別に普通くらい。なにが好きやったかな……。 「Michelle」だったり、うちの親はきらいなんだよね「Michelle」。わけがわからん
キ 「Michelle」が好きになったのは最近?
居 いやいやいや昔も昔も
キ あ、そうなんだ!
居 あとは、「Penny Lane」も好きやな
キ あ~「Penny Lane」良いよね!
居 「For No One」も好きやし、「I’m Only Sleeping」も好きやね。ちょっとマイナーめ。それから中学くらいに「Lady Madonna」良いなって思ったり
キ 要するに小学生の頃から洋楽に触れてたって訳ね!
居 まあ受動態ではあるけどな
キ まあそんなもんだよね。俺も小学生の頃はやんちゃボーイ洟垂れ小僧だったので全く家にいなく音楽を聴くタイミングが無かったんだけど、幼稚園の頃は家にいたので、受動的に聴いていたな。それが「また逢う日まで」だったり、「青春時代」「ブルーライトヨコハマ」だったり
居 なるほどな、あともう一つあって小沢健二わかる?
キ わかるよ
居 親がオザケン好きで、オザケンも良く聴いてた。「ラブリー」も良いけど「今夜はブギー・バック」も良いな
キ これこの前、〈深夜の音楽食堂〉でかかってた
居 「アルペジオ」も結構良いし、とりあえずアルバムがあってずっとそれを聴いてた気が
する。それとBeatlesをまわしてた
キ [LIFE]かな?
居 あ!これこれこれ!これこれこれ!!「ぼくらが旅に出る理由」も良いし「いちょう並木のセレナーデ」も良いね
キ なるほど
居 今ぱっと歌えるよ。今でも歌えるくらいまでに聴かされていた
キ あ、これも受動的なんだね
居 そんなん、小沢健二なんか、小学1年生くらいの子が小沢健二!なんて言わんやろ
キ 言ってたら怖いわ。小沢健二は最近、セカオワとコラボしたりしてたよね。三浦大知とかともね
居 小学校1年生の時に音楽の授業で「キャンディーマン」を聴き
キ 「キャンディーマン」?
居 泣くほど良い曲。1974年に公開された〈チャーリーとチョコレート工場〉があるんだけど、その時の挿入歌やねん。それの日本語版なんだけど
キ なかなかネットでヒットしないね?
居 そうだね。恐怖映画がヒットする。それでピアノの曲でも好きな曲があって
キ あ、そうか、ピアノやってたからね
居 ある日、「いいことがありそう!」って曲があるんですけど、湯山昭っていう人が作曲しているんだけども。有名な曲。いまだに、たまに聴く。小学校4年生の時担任の先生がすっごく歌を歌わせる人で
キ ああ、いるよね!
居 そう、朝の歌みたいな、その時にめちゃくちゃ良い曲でいまだに覚えてるんだけど〈森は生きている〉ってご存じ?
キ 知らないな
居 そういう劇団がありまして戯曲があるんですが、そこの挿入歌で「森へ向かうソリの歌」って曲があってこれを歌った時になんて良い曲なんだって思って。確か作詞が岩谷登紀子だったと思うんだけど。最高の曲なんですよ
キ 海外の作品なんだね
居 5年生の時に「今日から明日へ」って曲を歌ったんだけど
キ 合唱曲?
居 成人式でめちゃめちゃ歌いたいんやけど
キ そうね小学生の頃は基本合唱曲を聴くよね
居 そうね、能動的には聴いてなかったかな
キ 俺はね「怪獣のバラード」が好きだったな
居 真っ赤な~太陽の~。あれ良い曲やな。あれは東海林修が作曲してるんやけど、実は東海林修は吹奏楽界で超有名で、「ディスコキッド」っていうもう吹奏楽をやっている人の80%は知ってるような曲を作ったんだよね。最近亡くなったんだけど
中学以降に聴いていた音楽
居 中学になって色々聴くようになったよ。友達に勧められて、[back number]を聴いたりとか
キ [back number]ってその時期か。中学2年くらいに「高嶺の花子さん」だよね
居 「ヒロイン」とかやってた
キ ああそうだ、毎年のように冬曲だしてヒットしてたよね
居 ほんでですよ、メインディッシュ
キ メインディッシュ
居 今回はですね、人生において影響を与えた1曲をあげろと言われたら「シンコペーテッドクロック」をあげようと思うんですけど
キ まってそれ聞いたことないな。今までいろんな話をしてきたけど
居 意外でしたか?
キ 誰の曲?
居 ルロイ・アンダーソン。これ色んな演奏があるけど自分が一番好きなんはボストンポップス交響楽団のアーサーフィードラ指揮の「シンコペーテッドクロック」。YouTubeにはないからCD買ったんよ。「そりすべり」って知ってる?<鼻歌>この時期流れてる
キ ああ~知ってる
居 この曲作った人なんよ
キ ヘ~そうなんだ
居 あと「トランペット吹きの休日」か
<鼻歌>
キ あ~聴いたことある
居 結構耳障りの良い曲をいっぱい作った人なんだけど ,ボストンポップスっていうルロイ・アンダーソンが働いていた場所。そしてこのアーサーフィードラっていうこの人の大親友の指揮者の「シンコペーテッドクロック」が一番良いと
キ なるほど、クラシックとかになってくると楽団によって曲が変わっていくんだね。どこで出会ったの?
居 〈題名のない音楽会〉のアンダーソン特集。宮川彬良がクインテットの人ね。解説してた。「シンコペーテッドクロック」半端なく良い曲、自分の葬式で流す曲って決めてるんだけど
キ 遺書に書いとくんだね(笑)
<視聴中>
キ これウッドブロックの音?
居 そうそう
キ めちゃめちゃいい音してるね
<視聴終了>
居 まあ最初は聴いたの中学生だったから音楽的な知識もないし、理論も知らなかったからただただすっごく良い曲だなって思ってたんですが、おいおい調べていくと凄く面白いんですね。「シンコペーテッドクロック」の作曲時期をチェックすると1946年なんですけど、46年はどういう年か?アンダーソンにとって。この人戦争に行っているんだよね。46年に除隊したんだよね。
キ うんうん
居 そして「シンコペーテッドクロック」を作曲すると。ビルボードチャートにも…ってなっていくんだけど、46年に子どもが生まれます。
キ ほ~
居 「シンコペーテッドクロック」っていうタイトルから何を考えるかって話なんだけど。まずクロックっていうのは、kの発音でしょ?kの発音っていうのはアメリカの発音学的にマイナスイメージがあるんですよ
キ へ~!
居 乖離とか分離とか。ClosedとCutみたいなぶちって感じがあるんだよね。力関係があってクロックっていうのも例外じゃないと思ってて。言うたらさ時間で残酷なものじゃない?死に向かわせるといいますか。止まることが無いから。そう考えたら音楽ってすごく残酷やねん。あれは時間の芸術やから。時間というジレンマを乗り越えなければならない芸術。奏者と聞き手に距離があって、CDに焼いたとしても時が経つと風化するわけだと。
キ そうね
居 カッコカッコってウッドブロックがずっと流れてるわけじゃない?あれっていうのは時間というものの不可逆性を表わしているのね。曲の終わりっていうのは、時間が経つってことなので死に一歩近づくわけじゃない?もしかしたら音楽を聴くことが時間の無駄遣いかもしれない。別にもっと暇であれたんだけど、耳が聴いてしまったから時間を使ってしまうんだけど。この凄く残酷な現実を子どもが生まれたことに関連させていくと途中で耳に入る「レ、レ、レー(1オクターブ上)」「レ、レ、レー(1オクターブ上)」「レ、レ、ドレシ、レ(1オクターブ上)」って「レ」ばかりなんですよ。「レ」っていうのはクラシック的な視点から「死」と「生」を表わすと言われてて、「死」を表わす音でもあるし「生」を表わす音でもあると
キ なるほどね
居 コードを解析するにこれは「生」を表わしていると。なぜかというとDmではなくDMだから。生誕とか希望を意味してるんだよね。それで赤ちゃんが生まれたのが凄く重要やなって思ったのは。生まれてしまったら死ぬしかないんよ
キ まあそうね
居 生まれてしまったからには死ぬしかないんだけど。それがまさにクロックだよね。時計が動きだしたら止まるまで動かなければならないんですよ。この「レ、レ、レー(1オクターブ上)」っていうのは残酷さを何とかして乗り越えようとする、それで僕が思ったのは子どもっていうのは残酷な運命でさえ肯定化するのかっていう。曲は始まったら終わるし時計もいつか止まるわけです。それでも子どもが生まれることはそれさえも肯定化する力を持っているのではないかと思うんですよ
キ なるほどね
居 本当にこの曲は人間賛歌やねん
キ 深いね
居 カッコカッコっていうリズムがとても残酷に聞こえてしまうねん。そんで最後パッパってあっけなく終わるからそれこそ人生の縮図のような曲にも聞こえるんだよね。でもやっぱりレの連打は肯定化しよう運命に抗う気持ちが伝わってくるんだよね。音楽を使ってね。芸術はね最後はそうあるべき。なんか明日生きててもいいかもって思わせるのが芸術。映画でも良いし絵画でも良いんだけど。それが見事に体現された曲が「シンコペーテッドクロック」なんですよね。
キ なるほどね
居 「シンコペーテッドクロック」は音楽のあるべき姿やと思う。そんでこんな凄いことを考えていたかは知らん。無意識にしてもこのレがいっぱい出てくるのは何かしらのパワーを感じるよね
キ このレの連打はトランペットの音だよね?
居 そうそう
キ なるほど。「シンコペーテッドクロック」が中学の頃に出会ったんだね
居 当時はそんなに考えてなかったけど、高校になって音楽ってなんだろうなって考えた時にここまで考えさせてくれたんだよね。全ての芸術バイブルになっていく曲なんだよね
キ 中学生以降もどんどん曲を聴いていくと思うんだけど。何か聴いてた?
居 中3の時に聴いた[キャンディーズ]の「微笑みがえし」
キ [キャンディーズ]好きだよね?
居 [キャンディーズ]のサウンドは良いっすよ!
キ これは歌謡曲といいますか
居 僕が音楽で大事だと思うのがね、積極的諦めやねん。消極的諦めではなく、積極的諦めじゃなあかんねん。積極的諦めっていうのは、今この状況を幸せだとは思いませんかってことやねん。ベストじゃなくてもベターって良くない?ってことなんよ。音楽ってベストってないと思うんよね。どっかで諦めなければならないと思うんよね。どんな演奏家も100点満点の演奏は出来ないと思うんだよね。その点芸術家って毎度格闘していると思うんだけど。
キ 救いではあるよね。積極的諦めって。
居 そう、救い救い!
キ 積極的諦めをよしとした方が芸術家は救われるよね?
居 そう芸術家が救われる。そう救いやね。良いこと言うな
キ ははは(笑)
居 「微笑みがえし」っていうのも、あれで解散するやんか。そんで言うたら、彼氏と彼女が別れる曲なんやけど。
(鼻歌)「お引越しの お祝い返しは 微笑みにして 届けます」なんやけど
キ おお、良いな
居 めっちゃ良いんよ、聴いてみて!泣くから
キ おお(笑)
居 この曲も積極的諦めやねん。今この状況がベストじゃないかもしれない。けど今この瞬間を幸せって思いませんか?みたいな
キ あ~
居 幸せって思い込む。自己暗示でそれでも良いからこの状況を幸せって名付けませんか?っていう姿勢。だからこれも曲は終わってしまうけど、和声とかメロディーを通じて今のこの曲を聴いてくれている瞬間、奏者によっては吹いている瞬間っていうのを幸せっていう名前にしませんかっていう。これも積極的諦めやねん。肯定ともいえるけど。いや俺は諦めやと思う。肯定なんてそんなもんじゃない。
キ そうね
居 マーチっていうのは途中で凄く綺麗なメロディーが出てきます。例えばワシントン・ポストマーチとか色々あるんやねんけど途中で凄く綺麗なメロディーが出てきてそれをトリオって言うんやけど。なんで流したかってことなんやけど、マーチっていうのは歩かせるってことでしょ?
キ うん
居 戦争行かせるってことでしょ?めっちゃ嫌なわけよ。好きなやつはおらん。けどトリオっていう美しいメロディーを聴かせて、せめて幸せにね戦地に行って欲しいって思いを込めてると思うんやけど。それも積極的諦めやと思うんやけど。
キ そうか
居 絶対幸せじゃないよ。戦争に行く世界なんて。行く人達の事を考えてないかもしれないけど、片時でも幸せって思ってもらいましょうっていう。それって芸術が出来ることの一つだと思うんだよね。文学とか映像とか写真とかも出来る。芸術が果たすべき使命でもあると思うんですよね。
キ あ~
居 それで「微笑みがえし」に戻るんですけど。「微笑みがえし」はな、すっごく明るいんだけど、すっごく悲しい事を歌ってるの。
(鼻唄)「123 三歩目からは 123 それぞれの道 私たち 歩いて行くんですね 歩いて行くんですね」って凄く悲しい歌詞なんですけどすっごく明るい曲なんですよ。だからせめてものなんだよな
キ 日本は暗い歌詞の時、暗く暗くいきがちだけど、この曲は結構暗い歌詞で明るい曲なんだね
居 そんで歌詞に今までのキャンディーズのヒット曲のタイトルがところどころに出してくるところが面白い「春一番」「ハートのエース」とか「年下の人」とか。
高校の頃に聴いていた曲
居 高校になったら「シャコンヌ」一曲。
キ ああ~バッハの名曲
居 さっき芸術が積極的諦めって言ったけど、それの体現なんですよ。あれが全ての音楽のルールを作ったんですけど。美しすぎて、「シャコンヌ」はもしかしたら、芸術の勝利をうたっているんやけど、あれが一種芸術の残酷さを表わしているのもたしかなんよね。今までさ、どんだけ音楽のプロを目指した人がいたことか、自殺した人も知ってるし、その人は音楽になんか出会っていなければ生きていたわけですよ。
キ そうだね
居 でも音楽ってものに惚れてしまったがために、死んじゃったわけです。そういう言い方が出来るわけです。音楽というもんはね、一種、魔性のもんで、一生戦わないといけない勝ち負けはないけど、負けと思ってしまったらどこまでも負けになってしまう。こういう音楽の残酷性というのをバッハの「シャコンヌ」は体現してしまったわけですよ
キ 体現させちゃったのが良くないね(笑)でも長い歴史の中で一人くらいは天才的な人が生れちゃったとしても不思議ではないよね
居 あ~なんでバッハは生まれてしまったんだろうな~。バッハは本当に人類の誤算なんだよな~。
キ ははは(笑)
居 生まれてくるべきではなかった。そんなん言ったらあかんねんけどな(笑)人に対してそんなん言ったらあかんねんけどな(笑)
キ 素晴らしい作品を遺したがための
居 素晴らしすぎるのよ。バッハの「インベンション」にしてもあれはピアノの原型を作った曲やし
キ バッハがあれだよね?鍵盤の基礎を作ったんだよね?
居 そうそう。「インベンション」っていうのは転調の嵐で、当時、転調っていうのはそんなしなかったんですよ。まあせいぜい近場なんです。ももクロみたいに転調しない。ももクロ凄いで(笑)
キ (笑)
居 でも、バッハっていうのは、将来ピアノって楽器が出来て、ピアノってのはどんな転調も出来るから。ピアノって楽器が出来たらこんなような演奏が出来ますよみたいな。それが「インベンション」なんです。
キ 当時はピアノがなかったってことだよね?
居 なかったです。オルガンなんでね。「トッカータとフーガ」があるやん?あれはオルガンのための曲やから。
キ オルガンは当時どんな鍵盤してたの?
居 純正率。純正率やからピアノってのは全部の音が000と高さが一緒やねんけど。オルガンは音によって高さが違う。Hzによって高かったり低かったりする。まあ無理に転調できない。そういうところからねバッハは本当にギルティ―なんですよ
この後ベートーヴェンの話に続くのですが大分長くなってしまったためカットです。
最後に
毎度、文字起こしをしながらゲストさんが好きだという曲をなんども聴くのですが、今回、私「キャンディーズ」の「微笑みがえし」にどはまりしております。このように音楽だけではありませんが、色んな所で色んな出会いがあること、そしてそれが思いがけない影響を自分に与えることがあることを改めて実感しました。その後、彼と昭和アイドルのテイストを復活させるにはどうしたらいいのかという話をメッセージでやり取りしていました。もう令和という時代に昭和アイドルのプロデューサーになろっかな…… 。
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